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79(上): ラプラスの魔:ゼノンのパラドックス

第79(上)話
もう一つの世界記述法:ラプラスの悪魔

ニュートンによる「プリンキピア(1687年)」は、科学史上最も有名な著作である。力学の三法則と万有引力の法則(=逆二乗則)から「ケプラーの三法則(惑星の楕円軌道等)」等を導いている大著であるが、初等幾何学を基軸として記述されていて、現在の力学の教科書のように微分方程式が使われていない。 プリンキピアを微積分学で書き換える仕事は、ライプニッツ、ベルヌーイ、オイラー、ダランベール、ラグランジュ、ラプラス等に引き継がれて完成された。これは、「ニュートン力学に対する信頼感」の増大の歴史で、ラプラスの『天体力学(1802)』で、「確信」に達した。
次の「ラプラスの魔」は「確信」の先の「信仰」から生まれる。
(A):「ラプラスの魔」という世界記述法


ニュートン力学を信じるとしよう。 宇宙全体のすべての物体の運動でも,所詮は,(無限に近い)多数の粒子系のニュートンの運動方程式で厳密に記述できる。 そうならば、 もし世界の現在の状態と運動方程式を知ることができて,その解:

(A1):    ξ(t)=(ξ1(t),ξ2(t),ξ3(t),......,ξn(t))

を求めることができる知性が存在するならば,この知性にとっては,不確実なことは何もなくなり,その目には未来も過去も全て見えている。 このような「知性」のことをラプラスの魔と呼ぶ.


さて、

(A2): 「あらゆる理論は、近似理論である」ことは常識


のはずで、ラプラスの魔はこの「常識(A2)」を無視していることに注意せよ。
したがって、

(A3): 過ぎたるは及ばざるが如し


で、「ラプラスの魔」に多くを望めないことは覚悟しておいた方がよい。
しかし、 ラプラスの魔は、ひとつの「世界記述法」であることは確かで、このブログ的には無視するわけにはいかない。

(A4):ラプラスの魔は、 実験で白黒つけることができないので、形而上学である


ことには注意して置いた方がいい。



さて、ニュートン力学は次のように、三つつの方向(「理論志向」と「応用志向」と「信仰志向」)に発展したと考えたい。
(B):
\begin{align*}\small
\mbox{ニュートン力学} \hspace{3mm}\begin{cases} &\overset{物理志向}{\mbox{【(B1):理論志向】}}:
\\
&\rightarrow \text{相対性理論} \\ \\ \\ \\
& \overset{言語化}{\mbox{【(B2):応用志向】}}:
\\
&\rightarrow \text{統計学}
\\ \\ \\ \\
& \overset{盲目的信仰}{\mbox{【(B3):信仰志向】}}:
\\
&\rightarrow \text{ラプラスの悪魔}
\end{cases} \end{align*}
ここで、「ラプラスの魔」はマイナーで、
  • 三つ並べて書くのは、(B3)の過大評価

であるが、 「ラプラスの魔(B3)」はそれでも(B1)と(B2)に無い魅力を持っている。
この「ラプラスの魔」は非常に強力な世界記述法で、たとえば、
  • ラプラスの魔で「ゼノンのパラドックス」を解くことができる

からである。これは、(B1)と(B2)では不可能なことである。

これを示す前に、「アキレスと亀」を復習する。

復習:第16(中)話「アキレスと亀」

「アキレスと亀」は以下の問題であった。
(C): アキレスと亀

アキレスと亀の競争を考える.
アキレス(速い走者)のスタート点より,亀(遅い走者)のスタート点は前方とする.
「よーい.ドン」で両者が同時にスタートしたとしよう.
このとき,アキレスが亀を追い抜こうとするならば,アキレスは,いま亀がいるところまで行かなければならない。
そうしたとしてもそのときは、亀がもっと先に行ってるはずである。
アキレスは更にいま亀がいるところまで行かなければならない。
これを限りなく続けても、決してアキレスは亀に追いつくことができない.



ゼノンが提起したことは、

(D):ゼノンのパラドックスの意味

  • 問題「アキレスと亀(C)」は、
    如何なる世界記述法の下に議論されるべきか?

です。

以下に、「アキレスと亀」の2種類の解答を述べる。 すなわち、
解法(I):

 「アキレスと亀」はニュートン力学の範囲外という立場
解法(II):

 「アキレスと亀」はニュートン力学の範囲内という立場

このブログでは解法(I)を推奨するが、どちらの解答を採用するかは、読者が決めればよい。

解法(I): 「アキレスと亀」はニュートン力学の範囲外という立場
このための世界記述法としては、次の「運動関数法」は有力であった。16話:「アキレスと亀」で既に述べた。


(E):運動関数で記述せよ(=運動関数法)

科学とは、世界の運動・変化について語ることである。 
すなわち、 「運動関数で記述せよ」である


という世界記述法である。 ここで、
  • 運動関数x(t)とは、各時刻tに対して、 位置x(t)の対応のこと

である。 

さて、ここまで来たならば、次のように「アキレスと亀」を解決できる。

(F ):「アキレスと亀」の運動関数法による解答

各時刻tに対して、
 
(G): アキレスの位置x(t)=at, 亀の位置y(t)= t + b

として(ここで、a>1, b >0)、方程式x(s)=y(s)を解けが良い。 簡単な代入計算で、

  • 時刻s= b/(a-1)

でアキレスは亀に追いつく。 

代入計算でなくても、無限等比級数で計算して、
  • 時刻s= b(1/a+1/a² +1/a³ +⋯) = b/(a-1)

と計算してもいいだろう




さて、「ラプラスの魔」による「アキレスと亀」の解法を示そう。

解法(II): 「アキレスと亀」はニュートン力学の範囲内という立場
(H):「ラプラスの魔」による「アキレスと亀」の解法

「ラプラスの魔(B)」を仮定しよう。 したがって、 その解(B)もわかっているとする。 そうならば、n 変数関数X, Yを次を満たすように選べる。

(I): アキレスの位置x(t)=X(ξ(t))= at, 亀の位置y(t)= Y(ξ(t))= t + b

(ここで、a>1, b >0)。そうならば、 運動関数法(F)と同様で、 簡単な代入計算で、
  • 時刻s= b/(a-1)

でアキレスは亀に追いつく。 

代入計算でなくても、無限等比級数で計算して、
  • 時刻s= b(1/a+1/a² +1/a³ +⋯) = b/(a-1)

と計算してもいいだろう

ゼノンのパラドックスのまとめ
 
結局、2500年前に、ゼノンが我々に投げかけた問題は、問題(D)で、すなわち、
  • 最善の世界記述法は何か?

なのです。

次の4つの世界記述法【a】--【d】は、その候補である。
【a】:
運動関数法(=上の(F))
これは幼稚だとしても強力である。 しかし、人類が発見した最高の科学的叡智「運動の本質は因果関係」が隠れてしまっているのが、欠点である。 
【b】:
ニュートン力学
これは科学至上最大の世界記述法であるが、適用範囲が力学現象に絞られる。 したがって、「アキレスと亀」に適用できないと考えるのが普通と思う。
【c】:
ラプラスの魔(=上の(H))
これはニュートン力学の適用範囲を拡大解釈した形而上学的世界記述法であるが、「アキレスと亀」の解答(H)は、話の辻褄は合っている。しかし、運動関数(I)を正当化するのに、「ラプラスの魔」まで持ち出す必要があるのか、と否定的な意見もあるだろう。上の運動関数法【a】の解答と比べて、一長一短かもしれない。
【d】:
量子言語:運動関数法【a】は表面的で、その奥には量子言語が隠れていると主張する。
量子言語:「ゼノン」参照。



--------
結局は、
  • 【ラプラスの魔】 vs. 【量子言語】

でしょうね。
この「vs.」には、量子言語に勝算がある。 なぜならば、結局、
  • どちらが役に立つか?

の規範で決着することになるわけで、
  • ラプラスの魔は、「確率」の出所がないので、「ゼノンのパラドックス」を解く以外には役に立たない

からである


科学哲学(二元論的観念論)

量子言語(=測定理論)は、統計学と量子論を合わせた程度の強力な記述力を有する言語である。 量子言語の習得には、いろいろなアプローチの方法があっていい。 このブログでは、数物には関わらず、哲学【二元論的観念論】をメインに量子言語を紹介して、西洋哲学史の本流は常に量子言語に向かって進歩してきたことを確認する。ブログとは、一旦書いてしまうと、訂正するのが億劫になるものである。 したがって、本ブログと大幅な変更があるわけではないが、現時点での正式バージョンは【Western philosophy(PDF)】を見よ。

目次

  • 0:【Home】リンク付き目次(スマホ利用者用)
  • 1:量子力学の観測・解釈問題の解決
  • 2(上):科学哲学とは? (形而上学;統計学;量子力学)
  • 2(下):世界記述(至上)主義
  • 3(上):1+1=2:発明王エジソン;形而上学
  • 3(中):論理実証主義と形而上学
  • 3(下):ケルヴィン卿の形而上学
  • 4(上): 測定理論(=量子言語); 世界記述法の分類
  • 4(中):ソーカル事件の「脱構築」
  • 4(下)論考、知の欺瞞、量子言語
  • 5:古典力学的世界観;量子力学的世界観
  • 6:科学と統計学;量子言語;
  • 7:赤い糸 : 量子力学の観測と因果関係
  • 8:運命の量子的出会い(観測と因果律)
  • 9:コペンハーゲン解釈は虚構;因果と測定
  • 10: $[$一元論、二元論$]$×$[$実在論、観念論$]$
  • 11:離別の予感(測定と因果)
  • 12:ピタゴラス(万物は数)
  • 13:パルメニデスとヘラクレイトス;運動・変化
  • 14: 科学とは何か? 運動;因果律;確率;測定
  • 15:パルメニデスの理屈っぽさ: ゼノンのパラドックス
  • 16(上):ゼノンのパラドックスは未解決問題
  • 16(補): ハジキの公式:形而上学的命題
  • 16(中):「アキレスと亀」は未解決問題
  • 16(下): ゼノンのパラドックスの必然性
  • 17(上):存在論(パルメニデス)
  • 17(下):存在とは何か?(パルメニデス)
  • 18(上):[人気No.3]哲学は進歩したか?
  • 18:無知の知:ソクラテスの詭弁
  • 19:人間は万物の尺度:プロタゴラス×ソクラテス;倫理哲学
  • 20:イデア論:プラトンの詭弁
  • 21(上):プラトンのイデアは絶対基準・測定器のこと
  • 21(下): 西洋哲学はプラトンの脚注
  • 22(上):万学の祖アリストテレス;形相,質料
  • 22(下): プラトンとアリストテレスの融合;スコラ哲学
  • 23(上):アリストテレスの目的因
  • 23(下):三段論法を信じますか? アリストテレス
  • 23(補):必要条件と十分条件
  • 24(上):アリスタルコス(古代の地動説);アルキメデス
  • 24(下):アリスタルコス:古代の地動説
  • 25(上):ユークリッド幾何学--平行線の公準
  • 25(下):言語と数学;公理主義
  • 26:エラトステネス:古代最大の測定者
  • 27:総括〈ギリシャ vs.アレクサンドリア〉
  • 28:天動説(プトレマイオス)
  • 29:古代科学の三つの集大成
  • 30:アウグスティヌスとプラトン哲学
  • 31:アウグスティヌスと時間論;告白
  • 32:十字軍:イスラム文化(アリストテレス)の流入
  • 32.5: 位取り記数法(アラビア数字;ゼロの発見)
  • 33:神の存在証明(アンセルムス);スコラ哲学
  • 34:普遍論争と「存在・実在」;スコラ哲学
  • 36:[人気No.5]オッカムの剃刀(節約の原理)
  • 37:パラダイムシフト;コペルニクスとニュートン
  • 37(中):プラトンとアリストテレス;アテナイの学堂
  • 37(下):帰納主義;イドラ;ベーコン;経験論の祖
  • 38:天動説から地動説へ
  • 39:地動説・天動説とは、何か?
  • 40:ガリレオと地動説;ピサの斜塔;裁判
  • 41:ガリレオからニュートンへ
  • 42:プリンキピアと地動説
  • 43:因果関係とは何か?
  • 44:実在的因果関係(物理学)
  • 45:認識的因果関係(ヒューム・カント)
  • 46:数学的因果関係(ピタゴラス教団)
  • 47:言語的因果関係
  • 48:我思う、 ゆえに我在り(方法序説:デカルト)
  • 49:コギト命題からデカルト図式へ
  • 49下:物心二元論・心身二元論
  • 50:オカルト図式?
  • 52:中二病(デカルトの懐疑)
  • 53:世界記述と非ユークリッド的転回
  • 54:二元論・観念論に対する誤解
  • 56:ジョン・ロック$[$人間知性論$]$タブラ・ラーサ
  • 57:イギリス経験論の祖:ジョン・ロック;第ニ次性質
  • 58:大陸合理主義:ライプニッツ; 生得説
  • 59(上):日常言語はイギリス経験論的
  • 59(下):量子言語はカント哲学的
  • 60:唯心論:バークリー;存在するとは知覚されること
  • 61:懐疑主義:ヒューム
  • 62:実在的世界記述法と言語的世界記述法
  • 63:量子力学の道具主義化
  • 64:ライプニッツ・クラーク論争; 時空とは何か?
  • 65:コペンハーゲン解釈
  • 66:原点回帰:再びパルメニデスへ
  • 67:マクタガートのパラドックス:時間論:時制
  • 68:アウグスティヌスの時間論:主観的時間
  • 70:カント:二律背反(アンチノミー)
  • 71:「我思う、ゆえに我あり」を疑う
  • 72:カントの物自体; 模写説から構成説
  • 73:コペルニクス的転回;純粋理性批判
  • 74:純粋理性批判; アプリオリな総合判断;超越論的観念論
  • 78:カント登場の必然性
  • 78(補): 功利主義;ベンサム;最大多数の最大幸福
  • 79(上): ラプラスの魔:ゼノンのパラドックス
  • 79(下): ホーキング博士の哲学批判
  • 80:カントール:集合論
  • 80(下):空集合と選択公理
  • 81:数理論理学:数学のような、哲学のような
  • 82:弁証法という諺:ヘーゲル
  • 825: プラグマティズム(実用主義)のジレンマ
  • 83:論理哲学論考;ウィトゲンシュタイン
  • 84:言語論的転回;言語哲学
  • 86: 量子力学の解釈とは何か?
  • 88:量子言語の記述力;言語ゲーム;語りえぬもの;ウィトゲンシュタイン
  • 88.5:[人気No.1]心身問題の解決
  • 89: ボーア × アインシュタインの量子力学論争
  • 90: 二つの量子力学
  • 91: 数学の三大発見
  • 92: フォン・ノイマン;量子力学
  • 93: アリストテレス、ライプニッツ、フォン・ノイマン
  • 94: 確率の歴史
  • 95:確率の哲学: 確率とは何か?
  • 96: 確率論 vs. 量子言語
  • 97: 確率論: 二元論の消去
  • 98: 主観的時間; 科学哲学論争
  • 99: フィッシャーの最尤法
  • 100: 科学哲学の大きな物語の終焉
  • 補101:測定・推定・制御の科学哲学
  • 補102:ベイズ統計・ベイズの定理
  • 補103: 確率論と統計学
  • 150:量子力学再入門: ヒルベルト空間法
  • 152:エルミート行列のスペクトラル分解:量子力学再入門
  • 154:スピン:量子力学再入門
  • 156:ハミルトニアンの量子化:量子力学速習
  • 158:同時測定と可換条件:量子力学再入門
  • 160:ド・ブロイのパラドックス:量子力学再入門
  • 162:EPRパラドックス:量子力学再考
  • 164ベルの不等式:量子力学再考
  • 166:[人気No.4]ハイゼンベルグの不確定性原理はキャッチコピー
  • 168:EPRパラドックスの結末
  • 170:ハイゼンベルグの不確定性原理とEPRパラドックスは矛盾?
  • 174:[人気No.2]射影仮説:波束の収縮
  • 176:量子デコヒーレンス
  • 178:ハイゼンベルグ描像
  • 180:正準交換関係の不確定性関係
  • 182:行列のトレース
  • 184:ベルトランの逆説
  • 190:全射・単射・全単射
  • 192:」単射(順列)・全単射(スターリング数)
  • 500:量子言語入門(大学院講義ノート)