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ド・ブロイのパラドックス:量子力学再入門

160:多粒子系はテンソルヒルベルト空間で書く

復習:数学的準備(ヒルベルト空間の初歩)

C を複素数体とする.Cnを n 次元複素数空間、B(Cn)を"n×n複素行列全体",e_k(∈Cn)を以下のようにさだめる。
(A):  
Matrix2.jpg

Cn内に,内積 •,•Cn とノルム || • ||Cn をそれぞれ


(∀u, ∀v ∈ Cn、 ここに、"∀"=「for any」 )

によって定める (uk は uk の共役複素数).H = Cn を n 次元ヒルベルト空間と もいう.n = ∞ の場合も頻出で、無限次元ヒルベルト空間Cの定義は、


であるが、これとB(C)は大学数学なので、ここでは,n < ∞ を想定して読めばよい。


テンソルヒルベルト空間

H=Cn, K=Cmとする。
e1,e2,...,en(∈H=Cn)を次のように定める。



また、f1,f2,...,fm(∈K=Cm)を次のように定める。



HとKのテンソルヒルベルト空間HKを以下のように定める。



ここに、内積は



とする。
CnCmの完全正規直交系:



は (n × m)個からなるから、CnCm=Cn+mと見なせる。

たとえば、H=K=C2として、次のように計算すればよい(ここで、e1=f1, e2=f2、iは虚数とする)。





行列のテンソル積
A ∈ B(Cn), B ∈ B(Cm) として、そのテンソル積AB(∈B(CnCm) )を以下のように定める。



さて、
  O1=(X,P(X), F)をB(Cn)内の観測量
  O2=(Y,P(Y), G)をB(Cm)内の観測量
とする(簡単のため、X,Yは有限集合とする)。
このとき、O1とO2テンソル積観測量O1O2=(X×Y, P(X×Y),FG)を次を満たすように定める。
(B1)
$X×Y=\{(x,y) | x\in X, y \in Y\}$, $P(X×Y)$は$X×Y$のベキ集合
(B2)

$(F \otimes G):P(X×Y) →B(C^n \otimes C^m )$は次を満たす:

$(F\otimes G)(\{(x,y)\})=F(\{x\}) \otimes G(\{y\})$  (for all $ (x,y) \in X×Y$)







「ド・ブロイのパラドックス」のスピン版

テンソルヒルベルト空間C2C2のシングレット状態

2個の電子P1とP2のスピン状態を考える.

Singlet.jpg

2粒子系なのでテンソルヒルベルト空間C2 C2に中で議論すればよい。
s(∈ C2 C2)を次のように定める.



ここで、



よって、||s||C2C2=1であることに注意せよ。 したがって、

|ss|

は状態になるが、これををシングレット状態という。

この2個の電子P1とP2は非常に遠く離れていると仮定してもよいことには注意しておくべきである.


復習:z軸方向のスピン観測量

さて,B(C2)内のz軸方向のスピン観測量O=(X,2X, Fz )を思い出そう。

X={↑,↓}, 2X=P(X)={ ,{↑},{↓},{↑,↓} }

で、Fz :P(X) →B(C2)を



と定めた。

シングレット状態に対するテンソル積観測量の測定
さて、ここで、シングレット状態|ss|を持つ粒子対に対するテンソル積観測量OO=(X×X, P(X×X),FzFz)の測定:

MB(C2C2)(OO, S[|ss|])

を考える。 念のために、FzFzを書き上げておくと、



となる。
さて、MB(C2C2)(OO, S[|ss|])を行なうと、得られる測定値(x,y)(∈X×X)の可能性としては、次の4つの場合(a)-(d)が有り得る:


そして、それぞれの測定値が得られる確率は、簡単な計算によって、次のようになる。




Singlet(ab).jpg

たとえば、(c)の場合を計算してみよう。



であるから、(c)の場合は、



で,他も同様に計算できる.

ド・ブロイのパラドックス
ド・ブロイのパラドックスは一粒子に関するパラドックスで、以下のとおりである。
(C0)
A1箱の中に一つのある状態$| u \rangle \langle u|$をもった粒子を置いておく。 つぎに箱の真ん中に仕切りをして、箱を分離して、二つの箱AとBにして、箱Aを東京に、もう一つの箱Bをパリに持っていく。状態を「分離」しけれど、 しかし、「どちらの箱に粒子が入っているか?」という問いかけは、量子力学ではナンセンスである。しかしながら、もし箱Aを開いて、粒子が見つかったらば、箱Bの中で粒子を見つけことはない。 もちろん、逆も言える。

この一粒子の議論(ド・ブロイのパラドックス)を二粒子系に置き換えたのが、EPRパラドックスであるが、実質は同じなので、ここでは「第一発見者」を尊重して、「ド・ブロイのパラドックス」と呼んだ。「エンタングル状態」とか「量子もつれ」などは多粒子系に特有のことではなくて、そもそもその本質は、「一粒子の量子状態を考えた時点」で発生していることを喚起したかったので、「ド・ブロイのパラドックス」と呼んだという意味もある。




EPRパラドックス(二粒子系のド・ブロイのパラドックス)
上の議論は,A1地点で粒子P1に対する測定値「↓」を得たとすれば,何光年も遠く離れたA2地点の粒子P2に対しては測定値「↑」が得られることを意味する.これは不可思議である.
考えられるストーリーとしては,
(C1)
A1地点で,粒子P1が測定値「↓」を測定された瞬間に,粒子P1
が,その事実をA2地点の粒子P2に超光速で伝達して,『私は「↓」と測定されたから,君は「↑」と測定されるようにしなさい』と伝えた

としか考えられないのだから困る. そうならば,
(C2)
「光より速く伝わる何か」が存在する(すなわち,世界は「非局所的」である)

と考えたくなる.
ただし、
(C3)
この奇妙な現象を応用して、「超光速通信」に挑戦したくなるが、これは不可能というのが、定説である。 すなわち、量子力学と相対性理論は共存するが、定説である

もちろん、定説など気にしないで、挑戦するのが「真の科学者の態度」かもしれない。 事実、この奇妙な現象を利用して、「量子テレポーテーション(光速移動、完全コピー機)」、「量子コンピュータ」などが実現できるのだから、定説(や権威や不可能証明)など気にしていられない。「超光速通信」が実現すれば、確実に人類最大の発明なのだから。 科学史とは、定説を覆す歴史だったのだから。 と書いている内に何を言いたかったのかが分からなくなってしまったが、「定説など気にしていたのでは、このブログは書けない」だったかもしれない、



注意
上の設定を次の設定と混同してはならない。
(D1)
「カード:上」と「カード:下」がある。P1君とP2君がジャンケンをして、勝ったほうが「カード:上」を、負けたほうが「カード:下」を取る。そして、二人は何光年も離れ離れになったとする。

この場合の二人の状態は、混合状態m:

m=(|e1e2e1e2| + |e2e1e2e1|)/2

で表すことができる。MB(C2C2)(OO, S[m])について上と同様な計算すれば(または、計算しなくても)直ちにわかることであるが、
(D2)
P1君が「カード:下」を持っている確率は、0.5で、しかもその場合は、P2君は「カード:上」と持ている。

これは、当たり前で、パラドックスでもなんでもない。

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繰り返しになるが、ヒルベルト空間法(量子言語による方法)とは、
(E)
量子言語(という言葉の使い方の公式)があって、その公式を量子現象に適用して、計算をする

であった。アインシュタインならばこのような方法を「安直・軽薄」と思ったに違いない。 公式を適用するだけなのだから、ヒルベルト空間法には、
  • 物理的な感覚からは納得できないこと(パラドックス)が多々ある

ことは、当然である。
このように、物理学であることを主張しない量子言語の立場は、「物理的な感覚では気持ちが悪くても、計算が合えばよい。 慣れればよい」なのだから、
  • シュレーディンガーの猫、EPRパラドックス、「波か? 粒子か?」、「ド・ブロイのパラドックス」

等は、量子言語の立場では、「パラドックスでない」と頑張ることが出来るかもしれない。 量子力学パラドックスの中で一番出来の良いのは(ゼノンのパラドックスで一番出来の良いのが「飛ぶ矢」と同じような意味で(16中:ゼノンのパラドックス、参照))、「ド・ブロイのパラドックス」と思うが、これも、上の(C3)によって、
  • 相対性理論と矛盾しているわけでなくて、しかも、物理学でないのだから慣れの問題

として頑張るのが、「量子言語」である。
以上がが、ヒルベルト空間法(量子言語による方法)による「パラドックスに対する最終解答」と考える。これ以上の進展は(すなわち、ヒルベルト空間法でない「量子力学の定式化」は)、「天才待ち」と思う。 ヒルベルト空間法の限界外のパラドックスをヒルベルト空間法の中で議論しても解決するわけがない。 賢明な物理学者ならば、このようなことは十分承知のことで、たとえば、 ディラック、湯川、朝永等は、
  • 「量子力学のパラドクスの解決」よりも簡単で、しかも重要な問題

で成果を挙げた




科学哲学(二元論的観念論)

量子言語(=測定理論)は、統計学と量子論を合わせた程度の強力な記述力を有する言語である。 量子言語の習得には、いろいろなアプローチの方法があっていい。 このブログでは、数物には関わらず、哲学【二元論的観念論】をメインに量子言語を紹介して、西洋哲学史の本流は常に量子言語に向かって進歩してきたことを確認する。ブログとは、一旦書いてしまうと、訂正するのが億劫になるものである。 したがって、本ブログと大幅な変更があるわけではないが、現時点での正式バージョンは【Western philosophy(PDF)】を見よ。

目次

  • 0:【Home】リンク付き目次(スマホ利用者用)
  • 1:量子力学の観測・解釈問題の解決
  • 2(上):科学哲学とは? (形而上学;統計学;量子力学)
  • 2(下):世界記述(至上)主義
  • 3(上):1+1=2:発明王エジソン;形而上学
  • 3(中):論理実証主義と形而上学
  • 3(下):ケルヴィン卿の形而上学
  • 4(上): 測定理論(=量子言語); 世界記述法の分類
  • 4(中):ソーカル事件の「脱構築」
  • 4(下)論考、知の欺瞞、量子言語
  • 5:古典力学的世界観;量子力学的世界観
  • 6:科学と統計学;量子言語;
  • 7:赤い糸 : 量子力学の観測と因果関係
  • 8:運命の量子的出会い(観測と因果律)
  • 9:コペンハーゲン解釈は虚構;因果と測定
  • 10: $[$一元論、二元論$]$×$[$実在論、観念論$]$
  • 11:離別の予感(測定と因果)
  • 12:ピタゴラス(万物は数)
  • 13:パルメニデスとヘラクレイトス;運動・変化
  • 14: 科学とは何か? 運動;因果律;確率;測定
  • 15:パルメニデスの理屈っぽさ: ゼノンのパラドックス
  • 16(上):ゼノンのパラドックスは未解決問題
  • 16(補): ハジキの公式:形而上学的命題
  • 16(中):「アキレスと亀」は未解決問題
  • 16(下): ゼノンのパラドックスの必然性
  • 17(上):存在論(パルメニデス)
  • 17(下):存在とは何か?(パルメニデス)
  • 18(上):[人気No.3]哲学は進歩したか?
  • 18:無知の知:ソクラテスの詭弁
  • 19:人間は万物の尺度:プロタゴラス×ソクラテス;倫理哲学
  • 20:イデア論:プラトンの詭弁
  • 21(上):プラトンのイデアは絶対基準・測定器のこと
  • 21(下): 西洋哲学はプラトンの脚注
  • 22(上):万学の祖アリストテレス;形相,質料
  • 22(下): プラトンとアリストテレスの融合;スコラ哲学
  • 23(上):アリストテレスの目的因
  • 23(下):三段論法を信じますか? アリストテレス
  • 23(補):必要条件と十分条件
  • 24(上):アリスタルコス(古代の地動説);アルキメデス
  • 24(下):アリスタルコス:古代の地動説
  • 25(上):ユークリッド幾何学--平行線の公準
  • 25(下):言語と数学;公理主義
  • 26:エラトステネス:古代最大の測定者
  • 27:総括〈ギリシャ vs.アレクサンドリア〉
  • 28:天動説(プトレマイオス)
  • 29:古代科学の三つの集大成
  • 30:アウグスティヌスとプラトン哲学
  • 31:アウグスティヌスと時間論;告白
  • 32:十字軍:イスラム文化(アリストテレス)の流入
  • 32.5: 位取り記数法(アラビア数字;ゼロの発見)
  • 33:神の存在証明(アンセルムス);スコラ哲学
  • 34:普遍論争と「存在・実在」;スコラ哲学
  • 36:[人気No.5]オッカムの剃刀(節約の原理)
  • 37:パラダイムシフト;コペルニクスとニュートン
  • 37(中):プラトンとアリストテレス;アテナイの学堂
  • 37(下):帰納主義;イドラ;ベーコン;経験論の祖
  • 38:天動説から地動説へ
  • 39:地動説・天動説とは、何か?
  • 40:ガリレオと地動説;ピサの斜塔;裁判
  • 41:ガリレオからニュートンへ
  • 42:プリンキピアと地動説
  • 43:因果関係とは何か?
  • 44:実在的因果関係(物理学)
  • 45:認識的因果関係(ヒューム・カント)
  • 46:数学的因果関係(ピタゴラス教団)
  • 47:言語的因果関係
  • 48:我思う、 ゆえに我在り(方法序説:デカルト)
  • 49:コギト命題からデカルト図式へ
  • 49下:物心二元論・心身二元論
  • 50:オカルト図式?
  • 52:中二病(デカルトの懐疑)
  • 53:世界記述と非ユークリッド的転回
  • 54:二元論・観念論に対する誤解
  • 56:ジョン・ロック$[$人間知性論$]$タブラ・ラーサ
  • 57:イギリス経験論の祖:ジョン・ロック;第ニ次性質
  • 58:大陸合理主義:ライプニッツ; 生得説
  • 59(上):日常言語はイギリス経験論的
  • 59(下):量子言語はカント哲学的
  • 60:唯心論:バークリー;存在するとは知覚されること
  • 61:懐疑主義:ヒューム
  • 62:実在的世界記述法と言語的世界記述法
  • 63:量子力学の道具主義化
  • 64:ライプニッツ・クラーク論争; 時空とは何か?
  • 65:コペンハーゲン解釈
  • 66:原点回帰:再びパルメニデスへ
  • 67:マクタガートのパラドックス:時間論:時制
  • 68:アウグスティヌスの時間論:主観的時間
  • 70:カント:二律背反(アンチノミー)
  • 71:「我思う、ゆえに我あり」を疑う
  • 72:カントの物自体; 模写説から構成説
  • 73:コペルニクス的転回;純粋理性批判
  • 74:純粋理性批判; アプリオリな総合判断;超越論的観念論
  • 78:カント登場の必然性
  • 78(補): 功利主義;ベンサム;最大多数の最大幸福
  • 79(上): ラプラスの魔:ゼノンのパラドックス
  • 79(下): ホーキング博士の哲学批判
  • 80:カントール:集合論
  • 80(下):空集合と選択公理
  • 81:数理論理学:数学のような、哲学のような
  • 82:弁証法という諺:ヘーゲル
  • 825: プラグマティズム(実用主義)のジレンマ
  • 83:論理哲学論考;ウィトゲンシュタイン
  • 84:言語論的転回;言語哲学
  • 86: 量子力学の解釈とは何か?
  • 88:量子言語の記述力;言語ゲーム;語りえぬもの;ウィトゲンシュタイン
  • 88.5:[人気No.1]心身問題の解決
  • 89: ボーア × アインシュタインの量子力学論争
  • 90: 二つの量子力学
  • 91: 数学の三大発見
  • 92: フォン・ノイマン;量子力学
  • 93: アリストテレス、ライプニッツ、フォン・ノイマン
  • 94: 確率の歴史
  • 95:確率の哲学: 確率とは何か?
  • 96: 確率論 vs. 量子言語
  • 97: 確率論: 二元論の消去
  • 98: 主観的時間; 科学哲学論争
  • 99: フィッシャーの最尤法
  • 100: 科学哲学の大きな物語の終焉
  • 補101:測定・推定・制御の科学哲学
  • 補102:ベイズ統計・ベイズの定理
  • 補103: 確率論と統計学
  • 150:量子力学再入門: ヒルベルト空間法
  • 152:エルミート行列のスペクトラル分解:量子力学再入門
  • 154:スピン:量子力学再入門
  • 156:ハミルトニアンの量子化:量子力学速習
  • 158:同時測定と可換条件:量子力学再入門
  • 160:ド・ブロイのパラドックス:量子力学再入門
  • 162:EPRパラドックス:量子力学再考
  • 164ベルの不等式:量子力学再考
  • 166:[人気No.4]ハイゼンベルグの不確定性原理はキャッチコピー
  • 168:EPRパラドックスの結末
  • 170:ハイゼンベルグの不確定性原理とEPRパラドックスは矛盾?
  • 174:[人気No.2]射影仮説:波束の収縮
  • 176:量子デコヒーレンス
  • 178:ハイゼンベルグ描像
  • 180:正準交換関係の不確定性関係
  • 182:行列のトレース
  • 184:ベルトランの逆説
  • 190:全射・単射・全単射
  • 192:」単射(順列)・全単射(スターリング数)
  • 500:量子言語入門(大学院講義ノート)