記事一覧

EPRパラドックスと三段論法  量子力学再考

162:アインシュタイン=ポドルスキー=ローゼンのパラドックスとアリストテレスの三段論法

EPRパラドックスは模索段階の論文で、完成度が高いとは言えない。 すなわち、EPR論文は、量子言語登場の前座にすぎない(168話:「EPRの結末」参照)。 この意味では、EPRパラドックス自体から学ぶものは何もない。 その証拠にEPRパラドックスに本気でページを割いている「正当な量子力学の教科書」は滅多にない。あったとしても、「有名なエピソード」として花を添えるという扱いだろう。 もし学ぶものを見出したいならば、多少のアレンジが必要で、このアレンジの下に、このページでは、
  • EPRパラドックスは、
    「量子力学においては、三段論法が成立しない」
    を示唆している

を結論にしたい。
(A):量子力学論争とは、結局何だったのか?

アインシュタイン(1879年-1955年)とボーア(1885年-1962年)の量子力学の解釈に関する論争, すなわち、
  • 1927年(第5回ソルヴェイ会議)から1935年(EPR(A. Einstein; B. Podolsky, and N. Rosen )論文とそれに対するボーアの反論)に及ぶ論争

は、20世紀前半の科学史を飾る象徴的な出来事である。この議論は、ベルによって精査されて、問題点が明確化された。すなわち、「ベルの不等式が破られるかどうか?」を実験検証すればよいと主張した。 この検証はアスペにより実行されて、「ベルの不等式が破られる」ことが示された。 この結果、

  • ボーアの勝利、アインシュタインの敗北

という印象が現在まで続いている。図表で書けば、以下の通りである。

  •    (第5回ソルヴェイ会議)
    ボーア=アインシュタイン論争
    1927年~

       (1935年)
    EPRパラドックス
    量子力学は不完全

       (1964年)
    ベルの不等式
    ベル相関≤ 2

       (1982年)
    アスペの実験
    (ベルの不等式が破られることの実験検証)

以上が、「量子力学の基礎」における伝説化した物語であるが、騒ぐほどのことではない。 要は、
(A1):
ボーアの量子力学が、アインシュタインの「物理的感性」に合わなかった
(この理由は、このブログ全体で述べた)

と言う事実の確認以上のものはない。 アインシュタインという千両役者を引っ張てきて、もっともらしいストーリーを脚色した「素人向けのプロパガンダ」と思う。
事実、
  • この伝説の周辺の議論は、量子力学を一歩も前進させなかった

もしベルの不等式が「科学における最も深遠な結果」ならば、大学の物理学科の必須事項であるべきだが、実際はそうでない。 と言うことは、ベルの論理の非生産性を多くの物理学者が直感しているのだと思う。
念を押すと、
(A2):
ベルの不等式は、
  • 「科学の最も深遠な発見」ではなくて、ボーアの量子力学の正しさの一つの確認に過ぎない。

上の図表の結論は、『量子力学は正しかった』なのだから、極論してしまえば、『この図表は無くてもよかった。 結局、から騒ぎに過ぎなかった』である(164話:「ベルの不等式」参照)

しかし、こう言ってしまうと、「身も蓋もなくなってしまう」し、誰しも「アインシュタインの物理的感性」から何かを学びたいわけで、以下の(B)からこれについて書く。

その前に、
  • 量子力学論争とは、結局何だったのか?

について、このブログの答えを述べなければならないが、
  • 量子力学論争とは、量子言語誕生のための産みの苦しみで、いろいろあったけど、結局「ボーア(=コペンハーゲン学派)の量子力学」が正しかった


なのだと思う。 これについては、後日述べる(168話:「EPRの結末」参照)




(B):EPR論文のアレンジ版(三段論法)
EPR論文の主張は、明確でない。 すなわち、「実在性」とか「隠れた変数」の(哲学的)議論は、「わかる人には、わかる」し、「わからない人には、永久にわからない」と思う。 もし誰もが明快に理解できるのならば、すでに量子力学は書き換えられているはずなのだから、意味不明な部分があることは仕方が無い。 したがって、EPR論文をすこしアレンジして(哲学的議論なしで)、以下に説明する。 
アレンジしなければ、(A2)で述べたように、「結局、から騒ぎに過ぎなかった」という結論以上のことは言えないからである。 アレンジの程度が気に掛かるかもしれないが、
(C):
EPR論文では「測定値」と「真の値」が混同されているが、以下では、すべて「測定値」とした

と思えばよい。 また、量子系の問題を「古典系」で議論していることも気になるかもしれないが、ボームがしたように「量子系のスピン版に書き換える」ことは容易なので、この部分はEPR論文をそのまま踏襲した。



質量mの同一の2つの粒子AとBが合わさって静止しているとして,これが2つに弾けて正反対の方向に飛び出して、時刻t0でかなり離れて運動しているとする。.
ここで,これを量子系のEPR状態の問題と考えて,時刻t0において,次の議論を考える.
(D):
(粒子Aの位置, 粒子Bの運動量)と粒子Aの位置と粒子Bの運動量を正確に測定して,(x1, p2)とx'1とp'2が測定値として得られたとする.
(E):
さらに粒子Bの運動量と粒子Aの運動量を正確に測定して,それぞれp''2とp'1が測定値として得られたとする.

  • EPR.jpg

もちろん,(D)の結果で、x1=x'1, p2=p'2は自明であるから、

(D1):

 (x1, p2) 
(粒子Aの位置,粒子Bの運動量)


ならば

x1
粒子Aの位置

(D2):

 (x1, p2) 
(粒子Aの位置,粒子Bの運動量)


ならば

p2
粒子Bの運動量


また、(E)において、p''2=ppは自明で、 しかも運動量保存則により、
  • p'1= - p2

あるから、
(E1):

 p2
(粒子Bの運動量)


ならば

-p2
粒子Aの運動量


そうだとしたら、

(F):結論:三段論法を信じるならば


以上をまとめると、
            

 (x1, p2) 
(粒子Aの位置,粒子Bの運動量)

から
(F1):
(D1)によって、粒子Aの位置x1がわかる
(F2):
「(D2)+(E1)」の三段論法を信じていいならば、粒子Aの運動量-p2がわかる

である。 そうならば、次が結論できる
(F3):
粒子Aの位置x1と運動量-p2がわかる

となる。


以上であるが、
(G):
アインシュタインの意図とはズレた「EPR論文の解釈」ではあるが、上記の議論(F)が正しいと言っているわけでない。 この(F)と次の(H)を比べてもらいたい。




(H):「三段論法」より「(言語的)コペンハーゲン解釈」を信じよ

さて、「量子化」のところで述べたように(ハミルトニアンの量子化)、次を思い出そう。
(I1):
粒子Aの位置観測量のエルミート作用素表現Q1はx1
(I2):
粒子Aの運動量観測量のエルミート作用素表現P1
(I3):
粒子Bの運動量観測量のエルミート作用素表現P2

さて、そうだとすると、次を結論できる。
(J1):
Q1とP2は可換だから、測定(D)は可能
(J2):
P2とP1は可換だから、測定(E)は可能
(J3):
Q1とP2とP1(特に、Q1とP1)は可換でないから、測定(D)と測定(E)は同時測定できない。 すなわち、(言語的)コペンハーゲン解釈:
  • 測定していないことを信じてはダメ

    測定は一回しかできない

を遵守しなければならないとすると、三段論法を放棄しなければならないので、(F3)は結論できない。

となる。

(K):EPRパラドックス
したがって、
  • (B)と(H)は矛盾するわけで、
    この意味で(B)の議論をEPRパラドックスという

とこのページでは考えたい。
アインシュタインの終生の主張
(L1):
月は見ていなくても、そこに存在する

は、もちろん、
(L2):
測定(E)などしなくても、運動量保存則から、(E1)は自明ある

を想定して、発言した言葉である。
そして、EPR論文では、アインシュタインは「本来あるべき(L1)の現状での無理さ」を百も承知していたにもかかわらず、問題提起として、
  • 「アリストテレスの三段論法」 or 「(言語的)コペンハーゲン解釈」

を提示したと理解したい。「アリストテレスの三段論法の是非に関わる問題」ならば、アインシュタインが参戦したとしても、おかしい話ではない(23中:三段論法を信じますか)


--------------------------
EPR論文についての「公平な(アレンジ無しの)総括」は無理で、アレンジなしでは(A1)以上の主張を読み取れないと思う。 そのためには、
  • 非局所性(超光速現象)、  隠れた変数(実在性)

に触れなければならないが、このページではこれらの議論を避けた。避けた理由は以下のとおり;
(M1):
非局所性(=超光速現象)ならば、ド・ブロイのパラドックス(第160話:ド・ブロイのパラドックス)を直接的に実験検証するのがベストで、EPRのような余計な仕掛けを付け加えると問題点がズレる可能性がある。事実、上ではEPRを三段論法と関連付けた。 「超光速現象」が、「ベルの不等式→アスペの実験」という遠回りの方法によって初めて確証されたとしたら、二人は直ちにノーベル物理学賞を授与されるべきだったが(すなわち、(A)の記述は撤回しなければならないが)、そんなことはないと思う。アスペの実験は、量子力学に五万とある実験の一つに過ぎない。
(M2):
「隠れた変数の理論」は意味が明確でない。ベルの不等式は、「隠れた変数の存在」をチェックする不等式とされているかもしれない。 しかし、それは「ベル流の隠れた変数の存在」のチェックだけで、これで十分とは思わない。すなわち、この部分(「隠れた変数」とか「実在性」)は、(A2)で述べたように、
  • 「結局、から騒ぎに過ぎなかった」
    「アインシュタインは間違っていた」


と言うのが現代的評価と思う。
もちろん、
  • 「空騒ぎ」で終わらせたくない
わけで、「空騒ぎ」にしないストーリーは、後日述べる(168話:「EPRの結末」参照)

と考える。 ただし、 EPR論文では、ハイゼンベルグの不確定性原理(第166話:「ハイゼンベルグの不確定性原理」参照)について故意に触れていないが、これはアインシュタインの慧眼で、 この部分には感心する。 これについてはそのうち述べる(170話:「ハイゼンベルグの不確定性原理とEPR」参照)
このページの「EPRと三段論法」については、
(N):
S. Ishikawa, “The linguistic interpretation of quantum mechanics,”arXiv:1204.3892v1[physics.hist-ph], (2012) ( download free)

を参考にした




科学哲学(二元論的観念論)

量子言語(=測定理論)は、統計学と量子論を合わせた程度の強力な記述力を有する言語である。 量子言語の習得には、いろいろなアプローチの方法があっていい。 このブログでは、数物には関わらず、哲学【二元論的観念論】をメインに量子言語を紹介して、西洋哲学史の本流は常に量子言語に向かって進歩してきたことを確認する。ブログとは、一旦書いてしまうと、訂正するのが億劫になるものである。 したがって、本ブログと大幅な変更があるわけではないが、現時点での正式バージョンは【Western philosophy(PDF)】を見よ。

目次

  • 0:【Home】リンク付き目次(スマホ利用者用)
  • 1:量子力学の観測・解釈問題の解決
  • 2(上):科学哲学とは? (形而上学;統計学;量子力学)
  • 2(下):世界記述(至上)主義
  • 3(上):1+1=2:発明王エジソン;形而上学
  • 3(中):論理実証主義と形而上学
  • 3(下):ケルヴィン卿の形而上学
  • 4(上): 測定理論(=量子言語); 世界記述法の分類
  • 4(中):ソーカル事件の「脱構築」
  • 4(下)論考、知の欺瞞、量子言語
  • 5:古典力学的世界観;量子力学的世界観
  • 6:科学と統計学;量子言語;
  • 7:赤い糸 : 量子力学の観測と因果関係
  • 8:運命の量子的出会い(観測と因果律)
  • 9:コペンハーゲン解釈は虚構;因果と測定
  • 10: $[$一元論、二元論$]$×$[$実在論、観念論$]$
  • 11:離別の予感(測定と因果)
  • 12:ピタゴラス(万物は数)
  • 13:パルメニデスとヘラクレイトス;運動・変化
  • 14: 科学とは何か? 運動;因果律;確率;測定
  • 15:パルメニデスの理屈っぽさ: ゼノンのパラドックス
  • 16(上):ゼノンのパラドックスは未解決問題
  • 16(補): ハジキの公式:形而上学的命題
  • 16(中):「アキレスと亀」は未解決問題
  • 16(下): ゼノンのパラドックスの必然性
  • 17(上):存在論(パルメニデス)
  • 17(下):存在とは何か?(パルメニデス)
  • 18(上):[人気No.3]哲学は進歩したか?
  • 18:無知の知:ソクラテスの詭弁
  • 19:人間は万物の尺度:プロタゴラス×ソクラテス;倫理哲学
  • 20:イデア論:プラトンの詭弁
  • 21(上):プラトンのイデアは絶対基準・測定器のこと
  • 21(下): 西洋哲学はプラトンの脚注
  • 22(上):万学の祖アリストテレス;形相,質料
  • 22(下): プラトンとアリストテレスの融合;スコラ哲学
  • 23(上):アリストテレスの目的因
  • 23(下):三段論法を信じますか? アリストテレス
  • 23(補):必要条件と十分条件
  • 24(上):アリスタルコス(古代の地動説);アルキメデス
  • 24(下):アリスタルコス:古代の地動説
  • 25(上):ユークリッド幾何学--平行線の公準
  • 25(下):言語と数学;公理主義
  • 26:エラトステネス:古代最大の測定者
  • 27:総括〈ギリシャ vs.アレクサンドリア〉
  • 28:天動説(プトレマイオス)
  • 29:古代科学の三つの集大成
  • 30:アウグスティヌスとプラトン哲学
  • 31:アウグスティヌスと時間論;告白
  • 32:十字軍:イスラム文化(アリストテレス)の流入
  • 32.5: 位取り記数法(アラビア数字;ゼロの発見)
  • 33:神の存在証明(アンセルムス);スコラ哲学
  • 34:普遍論争と「存在・実在」;スコラ哲学
  • 36:[人気No.5]オッカムの剃刀(節約の原理)
  • 37:パラダイムシフト;コペルニクスとニュートン
  • 37(中):プラトンとアリストテレス;アテナイの学堂
  • 37(下):帰納主義;イドラ;ベーコン;経験論の祖
  • 38:天動説から地動説へ
  • 39:地動説・天動説とは、何か?
  • 40:ガリレオと地動説;ピサの斜塔;裁判
  • 41:ガリレオからニュートンへ
  • 42:プリンキピアと地動説
  • 43:因果関係とは何か?
  • 44:実在的因果関係(物理学)
  • 45:認識的因果関係(ヒューム・カント)
  • 46:数学的因果関係(ピタゴラス教団)
  • 47:言語的因果関係
  • 48:我思う、 ゆえに我在り(方法序説:デカルト)
  • 49:コギト命題からデカルト図式へ
  • 49下:物心二元論・心身二元論
  • 50:オカルト図式?
  • 52:中二病(デカルトの懐疑)
  • 53:世界記述と非ユークリッド的転回
  • 54:二元論・観念論に対する誤解
  • 56:ジョン・ロック$[$人間知性論$]$タブラ・ラーサ
  • 57:イギリス経験論の祖:ジョン・ロック;第ニ次性質
  • 58:大陸合理主義:ライプニッツ; 生得説
  • 59(上):日常言語はイギリス経験論的
  • 59(下):量子言語はカント哲学的
  • 60:唯心論:バークリー;存在するとは知覚されること
  • 61:懐疑主義:ヒューム
  • 62:実在的世界記述法と言語的世界記述法
  • 63:量子力学の道具主義化
  • 64:ライプニッツ・クラーク論争; 時空とは何か?
  • 65:コペンハーゲン解釈
  • 66:原点回帰:再びパルメニデスへ
  • 67:マクタガートのパラドックス:時間論:時制
  • 68:アウグスティヌスの時間論:主観的時間
  • 70:カント:二律背反(アンチノミー)
  • 71:「我思う、ゆえに我あり」を疑う
  • 72:カントの物自体; 模写説から構成説
  • 73:コペルニクス的転回;純粋理性批判
  • 74:純粋理性批判; アプリオリな総合判断;超越論的観念論
  • 78:カント登場の必然性
  • 78(補): 功利主義;ベンサム;最大多数の最大幸福
  • 79(上): ラプラスの魔:ゼノンのパラドックス
  • 79(下): ホーキング博士の哲学批判
  • 80:カントール:集合論
  • 80(下):空集合と選択公理
  • 81:数理論理学:数学のような、哲学のような
  • 82:弁証法という諺:ヘーゲル
  • 825: プラグマティズム(実用主義)のジレンマ
  • 83:論理哲学論考;ウィトゲンシュタイン
  • 84:言語論的転回;言語哲学
  • 86: 量子力学の解釈とは何か?
  • 88:量子言語の記述力;言語ゲーム;語りえぬもの;ウィトゲンシュタイン
  • 88.5:[人気No.1]心身問題の解決
  • 89: ボーア × アインシュタインの量子力学論争
  • 90: 二つの量子力学
  • 91: 数学の三大発見
  • 92: フォン・ノイマン;量子力学
  • 93: アリストテレス、ライプニッツ、フォン・ノイマン
  • 94: 確率の歴史
  • 95:確率の哲学: 確率とは何か?
  • 96: 確率論 vs. 量子言語
  • 97: 確率論: 二元論の消去
  • 98: 主観的時間; 科学哲学論争
  • 99: フィッシャーの最尤法
  • 100: 科学哲学の大きな物語の終焉
  • 補101:測定・推定・制御の科学哲学
  • 補102:ベイズ統計・ベイズの定理
  • 補103: 確率論と統計学
  • 150:量子力学再入門: ヒルベルト空間法
  • 152:エルミート行列のスペクトラル分解:量子力学再入門
  • 154:スピン:量子力学再入門
  • 156:ハミルトニアンの量子化:量子力学速習
  • 158:同時測定と可換条件:量子力学再入門
  • 160:ド・ブロイのパラドックス:量子力学再入門
  • 162:EPRパラドックス:量子力学再考
  • 164ベルの不等式:量子力学再考
  • 166:[人気No.4]ハイゼンベルグの不確定性原理はキャッチコピー
  • 168:EPRパラドックスの結末
  • 170:ハイゼンベルグの不確定性原理とEPRパラドックスは矛盾?
  • 174:[人気No.2]射影仮説:波束の収縮
  • 176:量子デコヒーレンス
  • 178:ハイゼンベルグ描像
  • 180:正準交換関係の不確定性関係
  • 182:行列のトレース
  • 184:ベルトランの逆説
  • 190:全射・単射・全単射
  • 192:」単射(順列)・全単射(スターリング数)
  • 500:量子言語入門(大学院講義ノート)