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ハイゼンベルグの不確定性原理とEPRパラドックスの矛盾?

170:ハイゼンベルグの不確定性原理とEPRパラドックスは矛盾しない 

さて、ハイゼンベルグの不確定性原理の意味は、[第166話「ハイゼンベルグの不確定性原理はキャッチコピー」]で理解してもらえたと思う。 今回は、ハイゼンベルグの不確定性原理とEPRパラドックスの微妙な関係について述べる。量子力学の多くの本(たとえば、岩波の物理学講座[量子力学II])には、これについては間違った記述がされているのでここで正しておきたい。 「間違った」理由は、ハイゼンベルグの不確定性原理の意味が明確に理解されなかったからである。
(A):問題

EPRパラドックスとハイゼンベルの不確定性原理は矛盾?

EPRパラドックス[第162話:EPRと三段論法;参照]と同じような状況を次のように考える。

(B):質量mの同一の2つの粒子AとBが下図のように、運動している。
EPR.jpg
時刻t0で、粒子Aの位置x1,運動量p1と粒子Bの位置x2,運動量p2は次の(B1)と(B2)のいずれか一方を満たすと仮定する。
(B1):x1+x2=0
(B2):p1+p2=0

ここで、問題(C): 次の二つの測定(C1)と(C2)を共に行なうことは可能か?
(C1):  粒子Aの位置の精密測定
(C2):  粒子Aの運動量の精密測定

ここに、「精密測定」とは、「誤差ゼロ(に近い)測定」のことである。


問題(C)の答えは、 「可能である」 になるが、そうだとすると、次の問題(D)を考えたくなる。
(D):  可能だとすると、 これはハイゼンベルグの不確定性原理[第166話「ハイゼンベルグの不確定性原理」の定理(Q)]と矛盾しないのか?

もちろん、この答えは「矛盾しない」

以下に、これを説明する。





問題の解答(古典系(F)と量子系(J)の解答は実質的に同じ)

(F):解答(古典系)の概要
古典系の場合ならば、直接(C1)と(C2)を実行すればよいのだから、
  • 当たり前

だろう。
しかし、次のように考えることにはそれなりの理由がある。
(G):  測定(C1)を実行したときに、粒子Aに擾乱を与えてしまって、したがって、粒子Aの運動量が変化している可能性があるのだから、ここで測定(C2)を行なっても本来の「運動量」は測定できない。 

である。
そうならば、「石橋をたたいて渡る」ようなすこし工夫した次の測定をしたくなる。

たとえば、条件(B1)を仮定しよう。
次の二つは測定可能で、しかも、(G)の可能性を排除している。
(H1):
粒子Aの運動量の測定によって、測定値p1が得られた
(H2):
粒子Bの位置の測定によって、測定値x2が得られた

としよう。
この測定結果(H1)と(H2)から、条件(B1)を思い出せば、
(I1):
粒子Aの位置と運動量はそれぞれx1(= - x2)とp1である。
すなわち、
(I2):
それぞれの誤差が共にゼロの測定が可能
である。

と結論できる。
条件(B2)を仮定した場合も同様で、繰り返すのはヤボというものだろう。

(J):解答(量子系)
位置と運動量は正準交換関係を満たすので、たとえば、(B1)の場合だけ考えればよい。(B2)の場合も同様だからである。

R2={(x1,x2)  | x1,x2 ∈ R }を平面(=二次元空間)とする。R2上の複素数値関数ψ(x1,x2)を次のように定める。
\begin{align*} & \psi (x_1, x_2) \\ = &\scriptsize{ \sqrt{\frac{1}{2 \pi \epsilon \sigma}}e^{ -\frac{1}{8 \sigma^2}(x_1 -x_2 -a )^2 -\frac{1}{8 \epsilon^2}(x_1 +x_2 )^2}\cdot e^{i \theta (x_1, x_2 )} }\end{align*}
ここに、正数εは十分小さいとする。また、aは実数、θ(x1, x2)は実数値関数で、面倒ならば、「a=0, θ=0」でもよい。 ここで、
\begin{align*} \scriptsize{||\psi||:= \Big[\iint_{{\mathbb R}^2} |\psi (x_1. x_2 )|^2 dx_1 dx_2 \Big]^{1/2}=1} \end{align*}
に注意せよ。
もちろん、
(K):
状態|ψψ|は、EPR状況(B1)の量子版を表す。


位置と運動量を表す作用素X1,X2,P1,P2を次のように定義する。
\begin{align*} &
\small{ X_1=x_1, X_2=x_2, P_1=\frac{\hbar \partial}{i \partial x_1}, }
\\
&
\small{P_2=\frac{\hbar \partial}{i \partial x_2} }\end{align*}
上の(C1)と(C2)は、次の(L1)と(L2)に対応する。
(L1):
状態|ψψ|に対する位置観測量X1の精密測定
(L2):
状態|ψψ|に対する運動量観測量P1の精密測定

ここに、「精密測定」とは、「誤差ゼロ(に近い)測定」のことである。

さて、
ハイゼンベルグの不確定性原理[第166話「ハイゼンベルグの不確定性原理」の定理(Q)]にも拘らず、
  • 二つの測定(L1)と(L2)を共に行なうことは可能か?

が問題になる。
もちろん、
X1とP1は可換でないので、(L1)と(L2)の代替測定を考えなければならない。


ここで、(L1)と(L2)の代替をそれぞれ次の(M1)と(M2)としよう。

(M1):
状態|ψψ|に対する位置観測量[-x2]の測定
(M2):
状態|ψψ|に対する運動量観測量P1の測定


位置観測量[-x2]と運動量観測量P1は可換なので、(M1)と(M2)は同時測定できる。
また、(L1)に対する代替(M1)の程度Δ(L1;M1)を誤差と見なすのが我々のアイデアであった[第166話「ハイゼンベルグの不確定性原理」;参照]。 すなわち、

\begin{align*} \mbox{(N1)}\quad \scriptsize{\Delta(L1;M1)=|| (X_1-(-x_2)\psi ||} \end{align*}

同様に、

\begin{align*} \mbox{(N2)} \quad \scriptsize{\Delta(L2;M2)=|| (P_1 -P_1) \psi || }\end{align*}

ここで、(N2)=0は自明。 (N1)を計算しよう。
\begin{align*} & \mbox{(N1)}=\Delta(L1;M1)
\\ = & || (X_1-(-x_2)\psi ||
\\ =& \scriptsize{
\Big[\iint_{{\mathbb R}^2} |(x_1 + x_2) \psi (x_1. x_2 )|^2 dx_1 dx_2 \Big]^{1/2}
}
\\= & \sqrt{2} \epsilon
\end{align*}
正数εは十分小さいとしてよいのだから、
(O):
位置と運動量の測定のそれぞれの誤差を共にほぼゼロとできる

である。

しかしながら、
(P):
これは、ハイゼンベルグの不確定性原理[第166話「ハイゼンベルグの不確定性原理」の定理(Q)]に矛盾しない

なぜならば、
(Q):
上の測定(すなわち、、(M1)と(M2)の同時測定)は、位置X1と運動量P1近似同時測定でない

からである。



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昔は(1991年のハイゼンベルグの不確定性原理の定式化以前は)、いろいろな本や論文に

(R):
EPRパラドックスとハイゼンベルの不確定性原理は矛盾

というようなことが書かれていたようですが(アインシュタインはそうは言ってません)、上の(O)のような事情を誤解したものです。 しかし、今では、この(R)のようなことは言われなくなりましたね。


さて、[第166話「ハイゼンベルグの不確定性原理」]で述べたように、「普通の誤差」の定義は、正確な測定の存在(or, 「真の値」の存在)が前提になっていて、したがって、「普通の誤差」の意味では、ハイゼンベルグの不確定性原理には矛盾が内在しています。
そこで、
(S):
「誤差Δ(L1;M1)」とは、何か?
ですが、いろいろな理屈で説明できます。 しかし、意外と賢いのは、2500年前にパルメニデスが主張したように(第17話「存在論(パルメニデス)」参照)
  • 「感覚に頼るな。 古典的(日常的)対応物が、いつもあるとは限らない」

と断言して、「代替の程度」で押し通すことかもしれません。 1991年来、これに勝る解答があるとは思えませんが、よくわかりません。 と言うより、 問題(S)は、「量子力学の解釈問題」に密接に関連して、非常に深い(または、「深すぎてnonnsense」)と思う(第172話「不確定性原理」参照)



科学哲学(二元論的観念論)

量子言語(=測定理論)は、統計学と量子論を合わせた程度の強力な記述力を有する言語である。 量子言語の習得には、いろいろなアプローチの方法があっていい。 このブログでは、数物には関わらず、哲学【二元論的観念論】をメインに量子言語を紹介して、西洋哲学史の本流は常に量子言語に向かって進歩してきたことを確認する。ブログとは、一旦書いてしまうと、訂正するのが億劫になるものである。 したがって、本ブログと大幅な変更があるわけではないが、現時点での正式バージョンは【Western philosophy(PDF)】を見よ。

目次

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  • 2(下):世界記述(至上)主義
  • 3(上):1+1=2:発明王エジソン;形而上学
  • 3(中):論理実証主義と形而上学
  • 3(下):ケルヴィン卿の形而上学
  • 4(上): 測定理論(=量子言語); 世界記述法の分類
  • 4(中):ソーカル事件の「脱構築」
  • 4(下)論考、知の欺瞞、量子言語
  • 5:古典力学的世界観;量子力学的世界観
  • 6:科学と統計学;量子言語;
  • 7:赤い糸 : 量子力学の観測と因果関係
  • 8:運命の量子的出会い(観測と因果律)
  • 9:コペンハーゲン解釈は虚構;因果と測定
  • 10: $[$一元論、二元論$]$×$[$実在論、観念論$]$
  • 11:離別の予感(測定と因果)
  • 12:ピタゴラス(万物は数)
  • 13:パルメニデスとヘラクレイトス;運動・変化
  • 14: 科学とは何か? 運動;因果律;確率;測定
  • 15:パルメニデスの理屈っぽさ: ゼノンのパラドックス
  • 16(上):ゼノンのパラドックスは未解決問題
  • 16(補): ハジキの公式:形而上学的命題
  • 16(中):「アキレスと亀」は未解決問題
  • 16(下): ゼノンのパラドックスの必然性
  • 17(上):存在論(パルメニデス)
  • 17(下):存在とは何か?(パルメニデス)
  • 18(上):[人気No.3]哲学は進歩したか?
  • 18:無知の知:ソクラテスの詭弁
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  • 20:イデア論:プラトンの詭弁
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  • 21(下): 西洋哲学はプラトンの脚注
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  • 24(下):アリスタルコス:古代の地動説
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  • 168:EPRパラドックスの結末
  • 170:ハイゼンベルグの不確定性原理とEPRパラドックスは矛盾?
  • 174:[人気No.2]射影仮説:波束の収縮
  • 176:量子デコヒーレンス
  • 178:ハイゼンベルグ描像
  • 180:正準交換関係の不確定性関係
  • 182:行列のトレース
  • 184:ベルトランの逆説
  • 190:全射・単射・全単射
  • 192:」単射(順列)・全単射(スターリング数)
  • 500:量子言語入門(大学院講義ノート)