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正方行列のトレース

第182話
トレースは意外と深い



正方行列$A$のトレースとは、$A$の対角成分を合計した値で、すなわち、
\begin{align*}
A=\left[\begin{array}{rrr}
a_{11} & \cdots &a_{1n} \\
\vdots & \vdots & \vdots \\
a_{n1} & \cdots & a_{nn}
\end{array}\right]
\end{align*}
とすれば、$tr[A]$(=正方行列$A$のトレース)は、
$$
tr[A]= \sum_{k=1}^n a_{kk}
\tag{1}
$$
で与えられる。予想外の初等的性質としては、
$$
tr[AB]=tr[BA]
\tag{2}
$$
がある。 これを使えば、 $A$を正則行列$L$で対角化するとき、
$$
tr[A]=tr[LL^{-1}A]=tr[L^{-1}AL]
$$
なので、$A$の固有値や対角化$L^{-1}AL$の検算に使える。
しかし、ここではこのようなことを問題としない。


トレースの意味は、その分野の専門家にしかわからないのかもしれないが、量子力学では頻出なので、多少のことを述べておく。


次の「(大学一年で習う)線形代数の基本定理」から始めよう。複素ベクトルで説明したほうが一貫性があるが、簡単のため実ベクトルで述べる。
(A)線形代数の基本定理


$m$次元実ベクトル$\small{x=
\left[\begin{array}{rrr}
x_{1} \\
\vdots \\
x_{m}
\end{array}\right]
}$
を$n$次元実ベクトル$\small{y=\left[\begin{array}{rrr}
y_{1} \\
\vdots \\
y_{n}
\end{array}\right]}$に移す線形写像$f$は、$n$行$m$列の行列
$$
\small{
A=
\left[\begin{array}{rrr}
a_{11} & \cdots &a_{1m} \\
\vdots & \vdots & \vdots \\
a_{n1} & \cdots & a_{nm}
\end{array}\right]
}
$$

を使って
\begin{align}
&
y=\left[\begin{array}{rrr}
y_{1} \\
\vdots \\
y_{n}
\end{array}\right]
=f(x)
\\
=
&
Ax
=
\left[\begin{array}{rrr}
a_{11} & \cdots &a_{1n} \\
\vdots & \vdots & \vdots \\
a_{n1} & \cdots & a_{nn}
\end{array}\right]
\cdot
\left[\begin{array}{rrr}
x_{1} \\
\vdots \\
x_{m}
\end{array}\right]
\end{align}

と表現できる。


すなわち、

 線形写像は行列表現できる  

である。
この定理がなければ、線形代数の本に、「行列」が全く書かれないことになってしまうのだから、そして、「行列」が無ければ計算が進まないのだから、まさに、

「線形代数の基本定理」

ですね。




(B): 以下は「線形代数の基本定理(A)」の特殊な場合(m=4,n=1)で、明らかなことであるが、 解答(D)の準備 である。


$4$次元実ベクトル$x=
\left[\begin{array}{rrr}
x_{1} \\
x_2 \\
x_3 \\
x_{4}
\end{array}\right]
$を実数$y$ に移す線形写像$f$は、$1$行$4$列の行列
$$
A=
\left[\begin{array}{@{\,}rrrr@{\,}}
a_{11} & a_{12} & a_{13} & a_{14}
\end{array}\right]
$$
を使って
\begin{align}
y&=
f(x)=
Ax
\\
=
&
\left[\begin{array}{@{\,}rrrr@{\,}}
a_{11} & a_{12} & a_{13} & a_{14}
\end{array}\right]
\cdot
\left[\begin{array}{rrr}
x_{1} \\
x_2 \\
x_3 \\
x_{4}
\end{array}\right]
\end{align}
と表現できる。

注意:



(B1):  無限次元ベクトルのとき(m=無限、n=1)の上の結果は、リースの定理と呼ばれている。
(B2):  「n=1」の場合に、「$y=f(X)$」を求める問題は、「共役空間を求める問題」と呼ばれて、かなり重要である



さて、以上の準備の下に、我々は次の問題(「(B)のベクトル」を「正方行列」に変える)をえる。
(C):問題(トレースの必然性)


2次の正方行列:
$$
X=
\left[\begin{array}{rrr}
x_{1} &
x_2 \\
x_3 &
x_{4}
\end{array}\right]
$$
を実数$y$に移す線形写像$F$は、は如何に表現できるか?
すなわち、
$$
y=F(X)
$$
として、$F$ は如何なる関数か?

上の(B2)の言い方をすれば、"2次正方行列全体のベクトル空間"の共役空間はなにか?


(D):解答
2次の正方行列と4次元実ベクトルは線形同形:すなわち、
$$
X=
\left[\begin{array}{rrr}
x_{1} &
x_2 \\
x_3 &
x_{4}
\end{array}\right]
\xrightarrow[]{線形同形}
\left[\begin{array}{@{\,}rrrr@{\,}}
x_{1} \\
x_2 \\
x_3 \\
x_{4}
\end{array}\right]
$$
したがって、問題(C)の2次正方行列$X$は4次元実ベクトル$\left[\begin{array}{rrr}
x_{1} \\
x_2 \\
x_3 \\
x_{4}
\end{array}\right]$に置き換えることができて、問題(C)は(B)に帰着される。
すなわち、
$1$行$4$列の行列
$$A=
\left[\begin{array}{@{\,}rrrr@{\,}}
a_{11} & a_{12} & a_{13} & a_{14}
\end{array}\right]
$$
を使って
\begin{align*}
y &
=f(x)=
Ax
\\
=
&
\left[\begin{array}{@{\,}rrrr@{\,}}
a_{11} & a_{12} & a_{13} & a_{14}
\end{array}\right]
\cdot
\left[\begin{array}{@{\,}rrrr@{\,}}
x_{1} \\
x_2 \\
x_3 \\
x_{4}
\end{array}\right]
\\
&
=
a_{11} x_1+ a_{12} x_2+ a_{13} x_3+ a_{14}x_4
\tag{3}
\end{align*}
と表現できる。
ここまででも、一応の解答になっているが、以下のようにさらに追究する。

さてここで、
$$
{\widehat A}=
\left[\begin{array}{rrr}
a_{11} &
a_{13} \\
a_{12} &
a_{14}
\end{array}\right]
$$
として、計算すれば、
\begin{align*}
&
tr \Big[ \left[\begin{array}{rrr}
a_{11} &
a_{13} \\
a_{12} &
a_{14}
\end{array}\right]
\left[\begin{array}{rrr}
x_{1} &
x_2 \\
x_3 &
x_{4}
\end{array}\right] \Big]
\\=
&
a_{11} x_1+ a_{12} x_2+ a_{13} x_3+ a_{14}x_4
\tag{4}
\end{align*}
を得る。
したがって、、(4)を使って、(3)を次の(5)ように書き換えることができる。
$$
y=F(X)= tr[ {\widehat A} X ]
\tag{5}
$$
を得る。
ここで、

(3)より(5)の方が格好良い

と思えれば、「トレースの必然性」を実感できたことになる。


量子力学では、「状態」も「観測量(=物理量)」も正方行列(すなわち、演算子)なので、公式(4)は必須である。

--------------------
トレースの定義(1)だけを知っていても何にもならない。
(5)は(3)の書換えに過ぎないが、(5)の形は無限次元ベクトルに拡張できる。
(5)がトレースの本質である。


簡単な過ぎたかもしれないので、問題と追加しておく。
問題: 「問題(C)」で$X$が"2行3列の行列全体"のときについて考えよ
ですね




科学哲学(二元論的観念論)

量子言語(=測定理論)は、統計学と量子論を合わせた程度の強力な記述力を有する言語である。 量子言語の習得には、いろいろなアプローチの方法があっていい。 このブログでは、数物には関わらず、哲学【二元論的観念論】をメインに量子言語を紹介して、西洋哲学史の本流は常に量子言語に向かって進歩してきたことを確認する。ブログとは、一旦書いてしまうと、訂正するのが億劫になるものである。 したがって、本ブログと大幅な変更があるわけではないが、現時点での正式バージョンは【Western philosophy(PDF)】を見よ。

目次

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  • 3(中):論理実証主義と形而上学
  • 3(下):ケルヴィン卿の形而上学
  • 4(上): 測定理論(=量子言語); 世界記述法の分類
  • 4(中):ソーカル事件の「脱構築」
  • 4(下)論考、知の欺瞞、量子言語
  • 5:古典力学的世界観;量子力学的世界観
  • 6:科学と統計学;量子言語;
  • 7:赤い糸 : 量子力学の観測と因果関係
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